3月11日大震災の日、いのちのかけがえのなさと共に、自分の犯した大罪の悲しみ、痛みをかみしめています。

地下鉄サリン事件から20年が経とうとしています。

逮捕されて以来、父母をはじめ多くの方々に支えていただくことで、当時、教団内で見失ってしまった

自分を取り戻しはじめると、見渡すかぎり、他者の命を奪い苦しめた罪の海でした。

面会や手紙でふと人としての心に触れる度に、自分達が事件を起こしていなければ、

お亡くなりに
なられた被害者の方々、ご遺族の方々、今も障害に苦しんでおられる被害者の方々は

どのような人生を
過ごしておられたことであろうかと、思い巡らさずにはいられません。

あまりにも被害者の方々に申し訳なく、ただただ申し訳ない限りです。

何故このような大罪を犯してしまったのか?

突き詰めますと、私が麻原に深く感銘を受けた高校3年生の夏休みの出来事が思い浮かびます。

「解脱とは一滴の雫になるようなものなんだ。透明な一滴の雫のまま大河に溶け込むのが救済の実践なんだ」

と麻原は信徒に語りかけました。


「透明な一滴の雫として慈悲の大河の流れに溶け込みたい」と私は強く願い、教団での活動の原点

言えるものになりました。

麻原は一滴の雫たる者を、修行により霊性の開発を遂げた「新人類」と呼びました。

そして、「新人類」が
神々の意思にもとづいて人類をハルマゲドンから救済するんだと説きました。

今、私は「新人類」という考え方を信じたことそのものが、私の犯した大罪の根本的な原因であったと

判断しています。


なぜならその考え方は、異なった価値観をもつ他者が存在している意味をことごとく排除した

救いの
押し付けであり、自作自演の自己陶酔に他ならなかったからです。

このような自己陶酔をさらに深め
たのが教団の修行でした。

 

逮捕後に学んだことですが、修行により生じる神秘体験は本来生き物の内面にあるいのちの共通の姿を

感得することであり、「どんなに姿が違っても、全ての
生き物は平等に大きないのちに生かされている」

いうことをより深く理解するためのものでありました。

それにより矛盾に満ちた現実世界そのものが、そのような大きないのちの働きと一体のものとして

慈悲のあらわれであると悟ることが、本来の修行の
意味でした。

 

ところが当時私は神秘体験により特別な人間なんだと自惚れ、現実社会のルールより神秘体験にもとづいた

麻原の教えこそ真実なんだと妄信
していきました。

そしてハルマゲドンから人類を救済するという大義の名の下に、人よりも多くのことが許されると

思い上
がり、大罪を犯しました。

自己陶酔でしかない「透明な慈悲の大河」ではなく、様々な人間の汚濁、その苦しみや悲しみをも包んだ

いのちの大海にこそ私は跳び込むべき
でした。

そして生きる悲しみの中で、人を愛するとはどういうことか、まずこの身をもって学ぶべきでした。

 

これまで私は自分の犯した罪は自分の責任だと思っているつもりでした。

しかし心の片隅には
麻原にだまされ死の恐怖を与えられていたのだから仕方がなかったのだという

逃げ場がありました。

それにより私が犯した罪に対して麻原を前におき本当には罪を直視できていませんでした。

しかし今、自分の死を見つめることで、私が犯した罪と、麻原の教えを信じた良心に対する罪は、

誰のせい
でもなく、その全責任を私が担うべき罪であると痛感しています。

二度とこのような事件が起きないように願わずにはいられません。


                           2015、3,10      井上 嘉浩